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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)4378号 判決 1976年3月17日

原告 褒徳信用組合

右代表者代表理事 川瀬徳之

右訴訟代理人弁護士 小林多計士

同 田中久

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 伊部恭之助

右訴訟代理人弁護士 川合五郎

同 川合孝郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告は原告に対し、金六、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一〇月六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一、請求原因

1、原告は、大阪地方裁判所昭和四九年(ヨ)第一、二三七号債権仮差押事件において、訴外近畿建設工業株式会社(以下訴外会社という)に対する貸付金債権残額金一五、〇〇〇、〇〇〇円のうち金六、六〇〇、〇〇〇円を被保全債権とし、仮に差押えるべき債権を訴外会社が被告に対して有する定期預金、積立定期預金の払戻請求権で記載の順序により金六、六〇〇、〇〇〇円に充つるまでのものとする債権仮差押決定を得、同正本は同年四月二三日被告に送達された。

2、右正本の送達時点において、右仮差押の目的債権は全額存在していたので、原告は、右裁判所昭和四九年(ル)第一、四六〇号及び同年(ヲ)第一、五一〇号債権差押及び取立命令申請事件において、右貸付金の弁済に充てるため、右仮差押の目的債権金六、六〇〇、〇〇〇円に対する差押及び取立命令を得、同正本は、同年六月一八日被告に、翌一九日訴外会社に、それぞれ送達された。

3、よって、原告は被告に対し、右差押債権金六、六〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

すべて認める。

三、抗弁

1、被告は、昭和四五年五月二一日、訴外会社との間で、手形貸付、手形割引、証書貸付その他一切の取引に関して生ずる訴外会社の被告に対する債務の履行につき銀行取引約定を締結し、同約定中には、訴外会社が会社整理開始の申立を受けたときは、被告から通知催告等がなくても、被告に対する一切の債務につき当然期限の利益を失い、割引手形については全手形につき当然手形面記載の金額による買戻債務を負い、直ちに弁済する旨の特約がなされていた。

2、昭和四九年二月八日現在、右取引約定に基く被告の訴外会社に対する債権は、訴外山善株式会社振出にかかる各額面金五、〇〇〇、〇〇〇円・満期同年五月八日の約束手形二通(以下本件手形という)の手形割引を含む貸付金等合計金二六、五七八、七九三円に達し、他方、訴外会社の被告に対する債権は、当座預金及び定期預金合計金七、八七六、四六三円であったが、訴外会社は、同日、大阪地方裁判所において会社整理開始決定を受けたので、右特約に基き、右債務金二六、五七八、七九三円を被告に対し直ちに弁済しなければならないことになった。

3、その後右債権債務に変動があり、昭和四九年四月二四日現在における被告の訴外会社に対する右貸付金等債権は本件手形買戻金九、九五二、七四〇円(額面金一〇、〇〇〇、〇〇〇円から戻割引料を控除したもの)を含む金一一、八〇七、七八二円、訴外会社の被告に対する右預金債権は金七、九九二、八九九円となったので、被告は、同日、訴外会社に対し、右各債権を対当額で相殺する(以下本件相殺という)との意思表示をし、訴外会社から差引不足金三、八一四、八八三円を現金で返済を受けるのと同時に、本件手形を同会社に返還した。

四、抗弁に対する認否

訴外会社が会社整理開始決定を受けたこと及び本件相殺の意思表示がなされたことは不知、その余の事実はすべて認める。

五、再抗弁

仮に、右会社整理開始決定があり、本件相殺の意思表示がなされたとしても、以下に述べる理由により、本件相殺は本件手形金額の限度で無効と解すべきである。

1、抵当権付債権については、民法第三九四条は、抵当不動産の代価をもって弁済を受け得ない債権の部分についてのみ債務者の他の財産をもって弁済を受け得ること、及び抵当不動産の代価に先立って他の財産の代価を配当すべき場合には、右抵当権者以外の各債権者は抵当権者に配当すべき金額の供託を請求し得る(右請求は他の財産の競売代金の配当の際に配当異議の方法によってなされるのが通常である)旨を規定しているが、右法理は他の物的担保付債権についてもその類似の限度において遵守されるべきものである。そして、被告は訴外会社に対する手形貸付債権(又は割引手形買戻請求権、以下同じ)の担保として割引手形を保有するものというべきところ、第三者振出の満期未到来の本件手形は右物的担保に準ずるものであり、同手形をもって担保される手形貸付債権と預金債権とを右満期前に相殺する行為は、物的担保付債権につき担保物の代価をもって弁済を受ける以前に債務者の他の財産から弁済を受けるものに他ならないし、預金債権に対する仮差押は、右相殺に対する関係において、競売代金の配当手続における配当異議に相当する制限的又は禁止的効力を有すべきものであるから、右の法律関係の下における相殺は、本件手形が満期後において通常の手形決済手続により弁済を受け得なかった額に相当する額の手形貸付債権についてのみ、その効果を生ずると解するのが相当である。

2、一般に、銀行と手形取引契約を結んだ債務者との間の金融関係においては、銀行が手形割引により取得した個々の手形と、その手形割引により生じた手形貸付債権とが一対一の担保関係に立つものではなく、債務者が差入れた物的担保や預金その他の銀行に対する債権の全体が債務の全体と担保関係に立っているものであるが、銀行が債務者に対し第三者振出の満期未到来の手形によって担保されない他の債権を有する場合には、先ずその債権と債務者の預金債権が対当額で相殺されることになるし、右手形によって担保される債権についても、相殺は相殺適状の時に遡って効果を生ずるから、相殺が手形の満期後通常の手形決済手続によって弁済を受けることができなかった手形債権に相当する額の手形貸付債権についてのみその効果を生ずることにしても、銀行は少しも損害を被らない。これに対して、預金債権の差押にも拘らず、右相殺の効果が手形満期後の決済をまつまでもなく直ちに手形貸付債権全額について生ずるものとすれば、手形貸付債権を担保していた手形は債務者に返還され、預金債権の差押債権者の損失の危険において、故なく債務者や手形債務者が利得するという公正と信義にもとる結果を生ずることになる。

本件においても、被告の手形貸付債権と、その貸付により被告が取得した第三者振出の満期未到来の本件手形との間に、一対一の担保関係を認め、右手形の満期後通常の決済手続により弁済を受けられなかった限度においてのみ相殺の効果を生ずるものとしても、公正の維持、弊害の防止に役立ちこそすれ条理にも反せず、弊害を生ずるおそれもない。

3、銀行は、手形貸付債権と債務者の預金債権を相殺して手形貸付債権が消滅したのちにおいても、右債権を担保する第三者振出の満期未到来の手形を所持している場合には、債務者のために善良な管理者の注意義務をもって、手形を保管しその法定の呈示期間に支払場所に呈示する等手形債権の保全、取立をする業務上の義務を負っている(商法第五九三条)のであって、債務者の他の債権者が債務者の預金債権を差押えたのちに銀行が右相殺をした場合には、1で述べた法理により、銀行は右差押債権者に対しても右債務者に対すると同様の義務を負うものである。従って、銀行が右義務に違反して手形を債務者に返還する等手形の所持を失った場合には、差押債権者に対する関係では、右手形貸付債権を自働債権とする相殺はその効果を生じないものと解するのが相当である。

六、再抗弁に対する認否

本件相殺が無効であるとの主張は争う。

1、民法第三九四条は、抵当権に関する特別規定であり、同法第三六一条により不動産質権に準用され、同法第三六二条第二項により不動産権利質にも準用されるものと解されるが、法定担保物権についてはもちろんのこと、約定担保物権でも動産質、債権質については右準用は予定されていないし、況んや担保物権でない相殺権については、右動産質や債権質よりも一層右準用は考えられない。

2、手形割引依頼人の預金債権に対しては、手形買戻請求権を有する銀行はあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるものと解すべく、右預金債権を一般財産と同視すべきもではない。

3、原告の主張に従えば、手形満期前の相殺については、相殺の結果何程の金額が消滅するかは相殺時点においては一切不明であり、満期後において手形支払の有無、多少によって初めてその金額が明らかとなる。換言すれば、右支払時点までは相殺の効果の及ぶ範囲は全く未確定であるが、かかる見解は、特別に債務消滅原因としての相殺を認め即時その効果の発生を規定した民法第五〇五条第一項を無視するものであるのみならず、相殺に条件を付し得ないことを規定する同法第五〇六条第一項但書に明らかに違背する。また、右主張は、銀行に対し割引手形の満期日に支払の有無が確定するまでいたずらに手をこまねいているべきことを要求するもので、銀行業務の正常な運営を著しく阻害すること明白であるし、主張のように手形債務者や債務者が不当に利得することはあり得ない。また、相殺後割引手形を債務者に返還することは金融界において広く行われていることである。

4、なるほど、本件のような相殺の効果を肯認すれば、差押債権者は実質的に差押の効力が消失することになり迷惑するであろうが、商人が銀行に定期預金をし銀行取引をしている場合においては、銀行との間に本件のような相殺約定を結んでいること、そうでなくても何時にても相殺されるであろうことは一般的に知られており、殊に原告のような金融機関においてはなおさらのことであるから、差押債権者はそのことを当然の前提として差押をしているものというべきであり、右差押の効力が消失しても意外とすることはできない。

第三証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二、抗弁事実は、そのうち、訴外会社が会社整理開始決定を受けたこと及び本件相殺の意思表示がなされたことを除き、すべて当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、訴外会社が昭和四九年二月八日以前に会社整理開始の申立を受けたこと及び本件相殺の意思表示がなされたことが認められる。

三、再抗弁は以下に述べる理由により失当である。

1、民法第三九四条は、抵当権に関する規定であり、これが不動産質及び不動産権利質につき準用されると解し得るのに対し、動産質や債権質についてはその準用が予定されていないことに照らせば、同条が設けられた趣旨は、不動産担保権特に抵当権が沿革上物的責任という色彩を強く帯有し、公示方法も制度として完備されていることに深い関係があると考えるのが相当であるから、単に担保的機能を有するのみで右のような特質を有しない割引手形についてまで、同条を類推適用することはできない。

2、仮に、右類推適用を肯認するとしても、≪証拠省略≫により認められる一般の銀行取引における相殺予約の特約に照らせば、手形割引依頼人の預金債権は、銀行の手形買戻請求権の担保の実質を有し、一般財産視することはできないものであり、これを差押えた債権者は相殺をもって対抗されることをあらかじめ覚悟してかかるべきものであるから、右預金と満期未到来の手形買戻請求権との相殺は、民法第三九四条第二項にいう他の財産の代価を配当すべき場合に当らないといわなければならない。

3、更に、原告の主張に従えば、担保手形の満期到来までは、銀行は確定的に相殺をすることはできないから、右満期前に預金の期日が到来して、その預金債権が差押えられた場合、銀行は、右担保手形が不渡になることを条件として、その金額につき相殺するとの条件付意思表示をなさざるを得ないことになるが、このことは、相殺の意思表示に条件をつけることを禁じた民法第五〇六条第一項但書に違背する。

4、実質的にみても、抵当権の実行には時間と費用がかかり、債務者に与える打撃も甚大であるが、銀行が抵当権を有するときは、当然に先ず抵当権を実行し、そのうえで未回収分についてのみ預金との相殺の効果を確定せしめるということは、銀行にとり不良債権が長期化固定化し正常な業務の運営を著しく阻害することになり、債務者にとっても遅延損害金の増大と無用の担保処分を強いることになる。他方、差押債権者は差押の目的物について優先権を有しているわけではないのであるから、相殺によって差押手続が無駄になっても、債務者の一般財産が減少しない限り、計数的には損失はなく、債務者や手形債務者が不当に利得するということはないし、右差押手続が無駄になる恐れのあることは、差押債権者にとって予見可能であるから、公正と信義にもとる結果を招来するとはいえない。

5、本件相殺につき民法第三九四条の類推適用を否定すべきである以上、原告主張のような銀行の担保手形保管取立義務を肯認する余地はない。

四、そうすると、他に主張立証のない本件では、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

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